『ささやまビーファームのおはなし』

ネットに載っている不動産サイトで、偶然みかけた建物に、私たち夫婦は釘付けになり ました。いつかは田舎でのんびり暮らしたい。そう漠然と思っていたものの、日々の生活 に忙殺されて、実現にはほど遠いと思っていました。

不動産屋が案内してくれた家を見て、二人とも気に入りました。小さいながらもしっかりと した畑。まわりには民家も少なく、裏山があって。目の前には一面田んぼが広がっています。 まさに、思い描いた田舎の姿。「将来住むとしたら、こんなところがいいね」「 できれば すぐにでも契約を」と懇願する不動産屋をあとにして、帰り道の自動車でも話が盛り上がり ました。 もちろん、すぐに家を買うなどと思ってもいなかったのですが、話しているうちに 二人とも「決めるなら今ではないか」という気がしてきたのです。ついに、道路をUターン して、今来た不動産屋に戻りました。契約したいという私たちに、迎えてくれた満面の笑み は今でも忘れません。

冬は寒い

丹波篠山市今田町の田園

さぞや、田舎暮らしはのんびりできるもの。そう思って始めた篠山暮らし。とんでもない。 いろんな困難が待ち構えていたのです。

篠山は、思った以上に田舎でした。生き物がたくさんいます。田んぼに水を張る季節には カエルの大合唱。家に入ってきたカエルが、初めて寝顔に乗った時には、飛び上がりました。 鹿もキツネも見ます。イノシシは篠山の名物にもなっています。畑は、柵をしないとこれらの 動物に荒らされます。冬はマイナス10℃を超えることさえあり、水道管もよく凍ります。 近所づきあいも大変です。自治会に入り、さまざまな行事への参加は当然です。 篠山に来た頃、 こういったことがとてもしんどくて。 でも次第に慣れるもので、最初は触ることさえできな かったカタツムリやミミズも気にならなくなり、土を触るのが楽しくなってきました。

そんな、篠山生活に慣れてきたある日、「 養蜂をしてみたい」 と夫が切り出しました。篠山に 移住して1年半で、東大阪の夫の職場は不景気で倒産。「仕事をしながら趣味で養蜂をする」 と言っていましたが、本当にしたいのは養蜂だったのでしょう。私も、夫の転身を望んでいた のかも知れません。せっかく生まれてきたのだし、後悔しない人生を歩みたいですから。

初めて採れた生ハチミツ

みつばちの巣箱

「あんたとこの養蜂箱が大変なことになっとるで!」 軽トラのおじさんからの通報を受け養蜂場に 駆け付けると、養蜂箱は無残な姿になっていました。 猿のしわざです。 自然を相手にしていると、 こういったトラブルはつきものです。そのたびに、せっかく積み上げてきたものが台無しになり、 無力感に打ちのめされます。

サルにやられたー

100%非加熱の自家製ハチミツ

また、天候や気温で採蜜の量も変わってきますし、天敵のオオスズメバチやダニが異常発生する 年もあります。少し世話をサボると分蜂(蜂群が二つに分かれてしまうこと)して、半分どこかに 飛んでいってしまいます。

ハチミツの収穫量はいざ採れるまで予想がつきません。だからこそ、大手が参入しにくいところが あるのでしょうし、やりがいがあります。 里山での仕事は、自然との戦いでもあり同時に協調でも あります。世話をかければかけるだけ、それに応えてくれる。一度した失敗は経験となり、次への 財産となっていきます。

そして何より、ハチミツが収穫できた喜びは他に変えられません。 甘さと同時に、花粉や山の香り がフワッと広がります。パンやヨーグルトにかけて食べるともう至福。砂糖をスーパーで買わなく ても、こんなに甘いものが自然から手に入れることができるのか。初めて、自分でとったハチミツ を舐めた時の感動は今も忘れることができません。 そのハチミツはミツバチのもの。 私たちは ミツバチが採りすぎた分だけいただくことにしています。ミツバチが自分で採ったハチミツで子孫 を繁栄できるように。そして大自然を相手に仕事ができることに喜びと誇りをもって。